2026年9月17日、米Anthropicは、最先端のAI開発企業の内部での開発の速さを外部から把握するための測定方法を公表しました。測定対象は、AIの研究開発をAI自身がどれだけ担っているか、作業するAIエージェントを人がどれだけ監督し介入できるか、計算資源を何に配分しているか、の三つです。本稿は2026年10月13日時点で確認できた資料に基づき、9月の発表を背景に、10月12日の最新研究と合わせて読みます。
AIの研究開発をAIはどこまで担っているか
一つ目の指標は、同社の研究開発業務を細かな作業に分類し、自動化の度合いを評価して集計したものです。尺度は研究機関Epoch AIによる6段階で、人の細かな指示のもとで大きな作業を担う「協働」、高い水準の指示だけで大半を最後までこなし人は監督に回る「主導」、人が介在しない「完全自律」などがあります。
2026年8月時点で、測定したどの領域でもAIは完全自律では動いておらず、AIが「主導」する作業は全体の26%、「協働」以上は90%超でした。評価はAIが行い、担当の従業員による評価と照合しています。完全一致の率はAIと人の間で59%、人どうしで35%で、1段階以内の差に収まった割合は97%だったといいます。
https://www.anthropic.com/institute/measuring-pace-of-ai-development
この指標が測るのは、人が担っていた仕事をAIがどれだけ引き受けたかです。AIが自らの能力を自力で高め続ける、いわゆる再帰的な自己改善に達したかは、別の問いです。同社も、後継モデルをAIが完全に自律して作る状態にどこまで近づいたかを知るための指標だと位置づけており、数字の上昇は距離の縮小を示すにとどまります。
処理する速さと、確かめる力を分けて測る
二つ目の指標は監督の状況です。同社で最も利用の多い社内基盤では、2026年8月時点で約3万のAIエージェントが同時に研究開発の作業をしていました。すべての操作は実行前に自動の監視を通り、危険な操作は止められます。同月の10億件超の判断のうち、止められたのは0.002%、約4万7,000件に1件です。止められた操作は1週間以内に人が確認します。事後に記録を読む監視では、週約10万件の要注意記録が分類器で絞り込まれ、人に回るのは週50件ほどです。
公表値から試算すると、10億件の0.002%は2万件で、人が確認する止められた操作は月2万件程度、1日あたり約650件です。月10億件の判断に対し、人が直接目を通すのはおよそ5万件に1件という計算です(「10億件超」を10億件、1か月を31日として計算)。人の確認は、AIによる多段の選別が正しく働いていることを前提に成り立っています。
同社はこれらを他社も公表できる指標として提案しています。重要なのは、自動化の度合いと確認の数字を別々に追うことです。AIの処理量が10倍になっても人の確認能力が同じなら、確認の待ち行列が伸びるか、確認が形だけになるかのどちらかです。組織が安全に進められる速さは、生み出す量ではなく、責任を持って確かめられる量で上限が決まると考えます。
測る側の独立性をどう確保するか
もう一つの論点は、誰が測るかです。Anthropicは、自動化の評価に自社のモデルを使うため、評価する側のAIが評価される側と同じ誤りを犯しうると認め、第三者や他社のモデルによる検証を選択肢に挙げました。複数の組織の評価者を社内に受け入れ、内部のリスク評価チームと同等のアクセスを与える計画も示しています。
OpenAIも9月22日、第三者評価の優先分野と原則を公表しました。優先分野の一つは、同社の能力評価が化学・生物、サイバーセキュリティ、AIの自己改善というリスク区分を適切に測れているかの検証です。原則には、評価範囲と検証する主張を事前に合意して登録すること、直接の発見と解釈を区別して報告すること、公表前に是正の期間を設けることなどが並びます。
https://openai.com/index/priorities-principles-third-party-assessments/
これは会計監査や内部統制の考え方と重なります。作成者と確認者を分けるのは、同じ前提に立つ者どうしでは誤りが見えにくいからです。AIの出力をAIが確かめる仕組みは、件数を処理する力として有効ですが、確認者が独立しているとはいえません。確認の範囲と確認者の独立性を記録に残してこそ、測定値は信頼に足ります。
最新研究に見る、複製と自己改善の違い
10月12日には、Anthropicが小型のAIモデルによる自己複製の可能性を調べた研究を公表しました。同社は、侵入の段階を意図的に容易にした隔離環境の実験で複製を完遂したモデルの水準に、小型モデルが年内に達しうるとの見通しを、汎用的な能力指標の推移から引いた概算として示しています。
https://www.anthropic.com/research/self-replicating-ai
注目したいのは、世代を重ねる実験です。約90億パラメータのモデルが、試した方法と失敗を短いメモに残し、次の世代がそれを引き継いで同じ作業に挑むと、モデルを動かす環境の構築の成功率は第1世代の45%から、後の世代で61〜84%に上がりました。これは経験の受け渡しによる改善で、モデル自体の能力が自ら高まったわけではありません。
複製、経験の引き継ぎ、能力の自己改善は、それぞれ別の現象です。ニュースを読む際は、どの段階の話か、実験条件は現実より易しいかを切り分けます。一方、9月の指標が示した、AIの処理量に人の確認がどこまで追いつくかという問いは、一般の企業にもそのまま当てはまります。
自社のAI活用を三つの数字で管理する
見積書の下書きや請求書の照合にAIを使う中小企業でも、三つの測定は縮小して応用できます。一つ目は自動化の度合いです。業務ごとに、AIが下書きを作り人が全面的に直すのか、AIが最後まで仕上げて人が承認だけするのかを区別して記録します。後者の比率が上がるほど、承認の質が結果を左右します。
二つ目は確認の能力です。仮に、AIの導入で見積回答の下書きが月100件から400件に増え、確認を担う営業管理者が1件に10分をかけ、見積確認に充てられる時間が月20時間だとします。確認できるのは月120件で、残る280件は確認が手薄になります。この場合、見積金額が一定額以上の案件、新規顧客、特注仕様は全件を確認し、それ以外は抽出して確認する、と規程で区分します。確認を経ずに送付された件数の比率、確認までの日数、差し戻しの比率を毎月記録すれば、処理量だけが先行していないかを数字で把握できます。
三つ目は資源の配分です。Anthropicは、計算資源の区分は技術上のもので経費の会計上の分類とは対応しないと注記しています。自社でも、AIの利用料を勘定科目で集計するだけでは、作成と確認のどちらに資源を使っているかは見えません。管理会計上、AIの利用料と人の作業時間を「作成」と「確認」に分けて集計します。ただし同社も述べるとおり、確認の処理が効率化しても比率は下がるため、差し戻し率などと合わせて読む必要があります。
AIの処理量を増やす判断は、確認能力を増やす判断と一組で行うべきです。確認の待ちや確認を経ない送付が一定水準を超えたら、自動化の段階を一つ戻すという停止の条件を、導入時に決めておきます。Anthropicが、測定値を新モデル利用前の試験期間などの要件の引き金にしうると述べたのと同じ発想です。AIがAIを作る速度がどこまで上がるかは、なお予測の域にあります。経営者が今日から管理できるのは、自社のAIが生む量と、それを責任を持って確かめられる量の差です。
