見積りを急ぐほど粗利は読みにくくなる
生産設備や治具、専用機のような受注生産では、引き合いから見積り回答までの日数が受注を左右します。顧客は複数社に声をかけており、根拠のある金額を早く示した会社が商談の主導権を握るからです。一方で、急いでまとめた見積りは原価の見落としを含みやすく、受注後に外注加工費や工数が膨らめば、その差はそのまま粗利の目減りとして決算に表れます。
見積りに時間がかかる理由を分解すると、多くの会社で二つの作業が大きな比重を占めています。一つは、外注する加工部品の価格と納期を加工業者に問い合わせ、回答を待つ時間です。もう一つは、過去に似た設計がなかったかを探し、そのときの図面や手配実績を確かめる作業です。前者は待ち時間、後者は探索時間であり、どちらも担当者の技能を磨くだけでは短くなりません。
この二つの時間を、AIを用いたサービスで短縮した事例が設備メーカーから公表されています。本稿では、ミスミグループ本社の部品調達サービス「meviy」を使う北斗株式会社と株式会社アビリカ、キャディ株式会社の図面データ活用サービス「CADDi」を使うエバ工業株式会社の発表内容を確認し、見積りの速さを粗利の確保につなげる条件を考えます。
3Dデータから価格と納期を即時に得る――北斗とアビリカ
愛知県小牧市の北斗株式会社は、自動車ボディの生産設備を構想から設計、製作、立ち上げ、保全まで一貫して手がける会社です。ミスミが2025年3月に公表した資料(https://www.misumi.co.jp/news/press_250328)によれば、同社では3D CADで設計したデータから部品手配用の紙図面を作図する作業に膨大な時間がかかり、生産性のボトルネックになっていました。同社の開発責任者は、3D CADでの設計により部品形状が複雑化し、製作コストの増加と製作期間の長期化を招いていたこと、難しい部品を引き受ける加工業者が限られていたことも挙げています。meviyは機械部品の3Dデータをアップロードすると、AIが価格と納期を即時に示すサービスです。
同資料では、meviyを適用した領域で、図面作成から部品発注までの業務工数を約90%削減したとしています。また開発責任者は、導入から1年半で使用率が加工品全体の3割に達し、2025年度は5割を目指すと述べています。価格と納期がすぐに分かることで発注時期を計画しやすくなり、meviyでの手配を前提とした簡素な設計や、型番化による部品の共通化も進んだといいます。
東京都千代田区の株式会社アビリカは、生産設備の設計と製作を手がけ、FA(工場自動化)の設計を強みとする会社です。2024年6月の発表(https://www.misumi.co.jp/news/press_240619)では、社内の一部署が3D CADのiCADとmeviyを連携させ、紙図面を作らずに見積りと手配を進めていると紹介されています。部長は、設計開始から部品調達完了までの作業時間が「2割程度減っている印象」と述べています。発表では、調達開始から2週間以内に部品を揃え、組立を含めて3週間で納品した案件が示され、従来の進め方では不可能だった短納期案件も受注可能になったとされています。この点は本稿の主題に直結します。
両社の数値は、適用した部品や部署に限った成果です。北斗の約90%は全社の工数ではなくmeviy適用領域の値であり、アビリカの2割は担当者の実感として語られています。また、どちらの発表も調達側の工数と納期を扱っており、顧客への見積り回答日数や粗利率の変化は公表されていません。ここから先の見積りと粗利に関する議論は、公表内容を踏まえた弊社の考察です。
過去の図面を探せることが原価の読みを支える――エバ工業
三重県員弁郡のエバ工業株式会社は1953年設立、国内本社の従業員は178名で、パレットプールなど工場の自動化設備を設計・製作しています。キャディが公開した導入事例(https://caddi.com/ja-jp/case-studies/eba/)によると、同社では類似部品の設計が過去にあっても見つけられず、設計データを一から作る状態が続いていました。探し方を工夫してもルールが統一されず、探索そのものを諦める従業員も多かったといいます。ベトナム工場では、日本から設計情報が届くまで仕事が止まることもありました。
CADDiの類似図面検索は、図面の寸法や記号、文字を読み取って構造化し、形状の特徴から似た図面を探す機能です。仕組みは、スズキへの導入を伝えるキャディの2023年10月の発表で説明されています。スズキは数十万にのぼる過去図面を登録するとしており、大企業では図面の量そのものが壁になります。エバ工業では技術と購買の部門を中心に使われ、過去の設計情報を探す工数だけで、日本とベトナム合わせて月300時間以上の削減につながったとされています。購買部門が自ら類似の設計情報を見つけられるようになり、技術部への問い合わせが不要になった点も挙げられています。
見積りの観点で重要なのは、購買が技術部を経由せずに過去の設計へたどり着けるようになったことです。似た部品をいつ、どこへ、いくらで手配したかが分かれば、新しい引き合いの原価を推定する出発点ができます。入社間もない従業員が類似図面を参照して社内の図面ルールを早く把握できるようになったとされている点も、見積りの属人化を減らすうえで意味があります。ただし、図面が見つかることと原価が分かることは別の問題です。図面と手配単価、実際の加工時間、組立工数が案件番号で結びついていなければ、検索で得られるのは形の情報にとどまります。
速さを粗利に変えるのは、見積りの根拠を残す仕組み
仮定の数字で考えます。受注額1,000万円の設備案件で、見積り原価を800万円、うち外注加工部品を300万円と置きます。見積り段階の粗利は200万円、粗利率は20%です。加工業者の回答を待てずに外注部品へ一律10%を上乗せすれば、見積り価格は30万円高くなり、競合に負ける要因になります。逆に上乗せをせず、実際の外注費が想定より12%高かった場合は、原価が36万円増えて粗利は164万円、粗利率は16.4%に下がります。
即時に価格と納期が得られる部品の比率が上がれば、この上乗せと見込み違いの幅はどちらも縮みます。北斗が適用率を3割から5割へ高めようとしている計画は、見積り原価のうち確度の高い部分を広げる取り組みとしても読めます。一方、即時に示される価格はその時点の条件にもとづく値です。受注から発注までに日数が空けば変わり得るため、見積りに使った価格と取得日を案件ごとに残し、見積書の有効期限と揃えておく必要があります。
統制の面では、まず見積りの承認基準を粗利率で定めることを勧めます。見積り粗利率が社内基準を下回る場合や、即時に価格を確認できない部品が一定割合を超える場合には上長の承認を必須とし、承認者と根拠資料を記録します。サービスが示すのは調達価格であり、顧客に出す売価や値引きの判断は経営者と営業責任者の役割です。速く作れる見積りほど担当者の裁量で出ていきやすいため、承認の閾値を明文化しておくと、速さと粗利の判断を同じ場で行えます。
次に、外部サービスへ図面を渡す際の取り扱いです。受注生産の図面には顧客の設計情報が含まれることが多く、顧客との秘密保持契約が第三者のクラウドへのアップロードを認めているかを確かめなければなりません。サービス提供者のデータ管理条件を確認したうえで、アップロードしてよい案件の区分と、その判断者を決めておくことが委託先管理の要点です。
さらに、受注後の原価差異を見積りへ戻す流れが欠かせません。見積り原価はあくまで社内の予測であり、仕掛品や売上原価の金額は受注後の実際原価にもとづいて自社の原価計算の手続きで確定させるものです。案件ごとに見積り原価と実際原価を比べ、差の大きい費目を特定し、次回の見積り単価や工数の標準を改めます。この標準を誰が変更でき、変更履歴をどう残すかまで決めておけば、AIで速くなった見積りが会社の原価の知見として蓄積されます。北斗が挙げた簡素化設計や型番化も、原価のばらつきを抑える点で同じ方向を向いています。ただし顧客仕様との兼ね合いがあるため、標準部品へ寄せるかどうかは設計責任者と営業責任者が案件ごとに判断する事項です。
中小の受注生産企業が導入を判断する条件
導入費用は各社の発表に記載がないため、自社の数字で試算することになります。たとえば見積りと手配に関わる技術者・購買担当者が5人おり、それぞれ月20時間を過去図面の探索や回答待ちの調整に使っているなら、合計は月100時間です。時間単価を5,000円と置けば月50万円に相当します。ただし工数が減っても人件費は固定費として残るため、損益への効果は、浮いた時間を残業の削減、外注設計の内製化、受注件数の増加のいずれかに振り向けたときに初めて表れます。北斗が、生まれた時間をロボットシミュレーションのような付加価値の高い業務に充てていると述べている点は、その使い道の一例です。
データの条件も確認が必要です。meviyは3Dデータを前提とするため、2次元図面が中心の会社では設計の進め方から見直すことになります。対象もサービスが扱える機械加工部品に限られ、北斗でも導入1年半で加工品の3割という段階です。図面検索を見積りに生かすには、紙や個人のフォルダに散った過去図面を電子化し、案件番号で手配実績と結びつける準備が要ります。国内本社178名のエバ工業が技術と購買の部門を中心に使い、全社展開を次の課題としている点は、中小の受注生産企業が段階的に進める際の参考になります。
導入前には、見積り回答までの日数、受注率、案件別の見積り粗利率と実績粗利率を、直近の数十件について記録しておくと、導入後の効果を工数だけでなく粗利で評価できます。対象は、外注加工部品の比率が高い製品群や過去設計の流用が多い製品群など、一つに絞るのが現実的です。見積りの速さは営業の武器になりますが、粗利を守るのは、速く出した数字の根拠を残し、実績と照らして直していく仕組みです。AIの導入をその仕組みを整える機会と位置づけられるかどうかが、投資の成否を分けます。
